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一番肝心な感想っぽいこと書き忘れてたよ!!おばか

「光彦」が話の筋の中で消滅しなかったことが印象に残っておりました。
異世界の住民との交流みたいな題材だと、その異世界側が最終的には元の世界に帰って行くというのが少なくとも日本霊異記の頃からのセオリーだったと思うのですが、(霊異記を引き合いに出すのは私が知ってるのが霊異記なだけです。狐ちゃん)この、沼地~の物語中では少なくとも、ぱっと思いついただけで二名以上の沼地の住民が人間世界に適応している。内1人は子供さえ作っていやがる。
最終的にぬかどこが沼に返されたことや、あの沼地自体が異世界というほど人間界と隔絶してはいなくね?とも思えるのでその意味ではこの案微妙かなぁとも思うが。
これはポニョの映画見て不気味に感じたところにも通じてて。
ポニョについての独自考察を2ちゃんかなんかで語った人がいたらしくそのスレのまとめみたいなものを以前に読んだのですが、その中の書き込みの一つに千と千尋の時は元の世界に帰ったヒロインがポニョでは戻らないというのがあって、私はその説明で咽の小魚が外れた気分になれました。沼地~もどちらかといえばポニョ側の世界観ではないかな。クローンの容認すら一歩先には待ち受けて居そう。
異世界のものに取り込まれる危険性、入り込まれることへの拒否感のなさは、危機管理意識の低下に繋がるのでしょうか。
異文化の許容はグローバルだ世界だなんだという流れからの必然なんだろうか、それとも同胞内でそりの合わないものと順応するよりは外と仲良くの原理なのか
これから色んなお話を読んでいくにあたって気にしていきたい感覚です。


次に読むのは犬神家にしたよ~~
もうすぐ半分だよ~~
顔にっやにやしてるよ~~~もう大好き!!!

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